赤ちゃんの動きから学ぶ
「本来の腹圧」

私たちが「体幹を鍛えなければ!」と意識しなくても、赤ちゃんは寝返りをし、ハイハイをし、バランスよく動き回ります。
これは、赤ちゃんが無意識のうちに適切な腹圧を確保しているからです。赤ちゃんのお腹はポンポンと弾力があり、内部の圧力がしっかりと保たれています。
これは、腹圧が本来「筋力によって固めるものではなく」、適切な内圧を維持しながらしなやかに動くためのものであることを示しています。
しかし、私たちは成長するにつれ、この本来の腹圧機能を失ってしまいます。
なぜ腹圧は低下してしまうのか?
その答えは、成長過程における身体的・環境的・心理的な変化にあります。
腹圧が低下する4つの要因
骨格の成長と重心の変化
人間の骨格は、成長とともに大きく変化します。特に第二次成長期になると、急激に身長が伸び、体重も増加します。

- 急激な成長により、柔軟性と安定性のバランスが崩れ、代償動作が発生する
- 骨格の成長スピードが筋肉の発達を上回り、運動のコントロールが難しくなる
- 重心が変化し、適切な腹圧を維持しにくくなる
このように、急成長に伴うバランスの変化が、無意識に行われていた腹圧の調整を狂わせてしまうのです。また、骨格が発達するにつれて、四肢のリーチが長くなり、より細かい動きの調整が必要になります。幼児期に自然とできていたバランスの取れた動きが、成長とともに難しくなり、代償動作が増えてしまうのです。その結果、腹圧をうまくコントロールできず、「意識的に体を支えなければならない状態」に陥ることが多くなります。

座る時間の増加と運動不足
幼少期の頃は、寝返り・ハイハイ・よちよち歩きを通じて、自然に全身の筋肉を使い、腹圧を無意識に調整していました。
しかし、成長するにつれて座る時間が増え、運動量が減少します。
- 長時間の座位姿勢により、横隔膜の可動性が低下する
- 猫背姿勢が定着し、胸郭が硬くなり呼吸が制限される
- 目を一点に固定する固視行動により、神経系の調整機能が低下する
特に、長時間座ることで骨盤が後傾しやすくなり、結果的に腹圧をうまく使えない姿勢が癖づいてしまいます。さらに、固視によって頸部の緊張が高まり、交感神経が優位になると、自然な呼吸リズムが乱れ、横隔膜の動きが制限されてしまうのです。その結果、呼吸は浅くなり、横隔膜を十分に使えず、腹圧の低下につながります。この状態が続くと、無意識に体を固める動作が増え、腰や背中への負担が大きくなります。
ストレスと自律神経の影響
現代社会では、仕事・学業・人間関係などのストレスが日常的に発生しています。
ストレスが腹圧の調整に影響を与えることは、意外と見落とされがちですが、実は深い関係があります。

- 交感神経の過剰な興奮が、腹圧のダウンレギュレーション(低下)を招く
- 慢性的なストレスが横隔膜を硬直させ、呼気が適切に行えなくなる
- ストレスによる緊張が、無意識に息を詰めるクセを生み出し、呼吸の質を低下させる
人間はストレスを感じると、交感神経が優位になり、無意識のうちに呼吸が浅くなります。この状態が続くと、横隔膜の動きが制限され、腹圧を適切に維持できなくなります。さらに、ストレスがかかると、体は「防御姿勢」を取るため、身体の前面が縮こまり、肩が内側に巻き込むようになります。この姿勢では、胸郭が十分に動かず、結果として横隔膜の可動域が狭くなり、適切な腹圧を確保できなくなります。

睡眠の質の低下
睡眠のリズムは、自律神経の調整やホルモン分泌と密接に関係しており、腹圧の維持にも影響を与えます。
しかし、現代ではスマホ・夜更かし・ストレスによって、睡眠の質が低下しやすくなっています。
- 睡眠不足により、自律神経のバランスが崩れ、呼吸のリズムが乱れる
- ホルモン分泌の乱れにより、筋・骨格の調整が遅れる
- 疲労が蓄積し、日中の活動量が減少することで腹圧が低下する
特に、成長期や成人後のライフスタイルの変化に伴い、夜型の生活が習慣化すると、体内リズムが乱れやすくなるため、腹圧のコントロールに悪影響を及ぼします。また、睡眠不足によって疲労が抜けず、本来リラックスすべき時間にも交感神経が優位な状態が続いてしまうため、結果的に呼吸の浅さや腹圧の低下を招くことになります。
腹圧を取り戻すには?
腹圧を単なる筋力の問題として捉えるのではなく、「神経」「環境」「呼吸リズム」といった多角的な視点からアプローチすることが必要です。
- 息をしっかりと吐き、横隔膜の柔軟性を取り戻す
- ストレスを管理し、交感神経の過剰な興奮を抑える
- 「姿勢を意識する」のではなく、「無意識の動きを回復させる」
- 睡眠のリズムを整え、自律神経の負担を減らす

「体幹を鍛えなければ」と意識しすぎるほど、逆に腹圧は低下しやすくなります。重要なのは、本来の腹圧の働きを取り戻し、しなやかに適応できる状態を作ることです。
赤ちゃんから大人へ
腹圧はどのように変化するのか?

生まれたばかりの赤ちゃんは、意識せずとも適切な腹圧を維持し、自然に寝返りをしたり、ハイハイをしたりすることができます。これは、筋力に頼らず、腹圧が本来の働きを果たしている状態です。
しかし、成長とともに骨格が変化し、体重や身長が増えることで、運動のコントロールが難しくなります。さらに、学習や生活環境の変化によって座る時間が長くなり、身体活動が減少することで、腹圧を自然に維持する機会が失われていきます。
特に、思春期以降は、ストレスや生活習慣の影響が大きくなり、交感神経の優位な状態が続くことで呼吸が浅くなり、腹圧の調整が難しくなることが多くなります。
また、固視による首の緊張や、誤った体幹トレーニングの影響で、「意識して体幹を固める」ことが習慣化し、かえって腹圧の低下を招いてしまうこともあります。
そして大人になると、慢性的なストレス、睡眠不足、座りっぱなしの生活によって、ますます腹圧の適切なコントロールが困難になり、姿勢の崩れや痛み、慢性的な疲労といった問題が表面化してきます。

腹圧は、単に「体幹を鍛える」ことで解決するものではありません。むしろ、本来備わっている腹圧のメカニズムを回復させることが最も重要です。
- 腹圧は「固めるもの」ではなく、無意識に機能するもの
- 成長・環境・ストレス・睡眠の影響で腹圧が低下する
- 腹圧を取り戻すには、「呼吸・神経・リズム」の調整が必要
赤ちゃんの頃のような、しなやかで無理のない腹圧を取り戻すために、呼吸・姿勢・神経の働きを見直し、意識せずとも安定した動きができる状態を目指しましょう。
