ぎっくり腰を繰り返す人には共通する特徴があります。それは、腹圧(腹腔内圧)の低下とAPA(姿勢制御の準備活動)の破綻が常態化し、適切な体幹コントロールができていないことです。痛みが治まっても根本的な機能を回復しない限り、また次の発作が待ち構えています。
腹圧とAPA(予測的姿勢調整)の役割

腹圧(腹腔内圧) とは、お腹の中の圧力のことで、体幹の安定性を保つために重要な役割を果たします。
私たちの体は、無意識のうちに重心の変化を感知し、姿勢を調整しています。
特に、あらゆる動作の直前には APA(Anticipatory Postural Adjustments:予測的姿勢調整) という先回りの仕組みが働きます。
(Anticipatory Postural Adjustments:アンティシパトリー・ポスチュラル・アジャストメント)
例えば、腕を上げる前の 0.05〜0.1秒前 に脳幹が重心や圧力の変化を感知し、次の動きに備えて体を安定させる調節を行います。もしこの機能が働かなければ、腕を前に出した分だけ重心が前方に移動し、前に倒れてしまいます。しかし、実際には無意識の調節によって姿勢が保たれています。
このような姿勢調整は、呼吸や発汗と同じく 無意識に行われる ものであり、私たちはそれを「当たり前」と感じています。しかし、姿勢が崩れている人は 意識が足りないのではなく、神経のバランスを失い 腹圧が低下 し、体幹の機能が十分に発揮されていない可能性があります。
私たちの脳は、これから行う動作によって姿勢が崩れることを 事前に予測 し、それを防ぐために必要な筋肉を瞬時に働かせます。例えば、歩き出す際には、体が前に倒れすぎないように背中や腰の筋肉が無意識に働きます。この調整を司るのは 脳幹 であり、自律神経とも関わりながら 無意識に働く仕組み です。

ぎっくり腰は腹圧の低下と
APAの破綻が招く「体幹の崩壊」
腹圧は体幹の安定に不可欠な要素です。適切な腹圧が維持されていれば、腰椎にかかる負担を分散し、スムーズに動作を行うことができます。
しかし、現代の生活習慣によって多くの人がこの腹圧を低下させており、ぎっくり腰のリスクを高めています。

ぎっくり腰を繰り返す人の特徴
- 腹圧が低下し、体幹が不安定
- ローカルマッスル(深層筋)が機能せず、グローバルマッスル(表層筋)が過剰に働く
- APA(姿勢制御の準備活動)が機能しないため、急な動作に対応できない
多くの人は「ぎっくり腰になった瞬間」を問題視しますが、実際にはその前から腹圧の低下とAPAの破綻が進行していたということです。
ぎっくり腰の発作は
「慢性的な筋緊張」「伸長ストレス」が
引き金になる
ぎっくり腰は、急に体を動かした際に起こると思われがちですが、実際には長期的に蓄積された筋緊張と腹圧の低下が背景にあります。
発作が起こるメカニズム
本来、腹圧は体幹を安定させる「内側からの支え」です。しかし、座りっぱなし・ストレス・呼吸の浅さなどによって腹圧が低下すると、体幹を安定させるローカルマッスル(腹横筋・多裂筋など)が働かなくなります。結果として、外部の負荷に対する脆弱性が増し、ぎっくり腰の下地ができてしまいます。
ローカルマッスルが機能しないため、代わりに表層のグローバルマッスル(脊柱起立筋・大腰筋など)が過剰に働き、体を固めて安定させようとします。この過緊張状態が続くことで、筋肉の柔軟性が失われ、動作の自由度が低下し、さらなる負担を蓄積する悪循環が生じます。
硬くなった筋肉に、突然の前屈・くしゃみ・ひねりなどの動作で強い伸長ストレスがかかると、筋肉は限界を迎えます。本来ならローカルマッスルが制御すべき負荷を、過緊張したグローバルマッスルがすべて受けることで、ぎっくり腰発作のトリガーが引かれます。
伸ばされることに耐えられなくなった筋肉は、急激な収縮=筋スパズムを引き起こし、「攣った」状態になります。これは、防御反応として起こるもので、同時に血流が悪化し、発痛物質や疲労物質が滞留。さらに神経を圧迫し、痛みを増幅させます。
筋スパズムによる血流不足が続くと、筋肉が硬直し、少し動くだけで激痛が走る状態になります。多くの人が「安静にしよう」としますが、過度な安静はむしろ逆効果。血流を促進し、できるだけ早く日常生活に復帰することが、早期改善のカギになります。
これは、筋肉が攣った状態(スパズム)であり、筋内の血流が阻害され、発痛物質や疲労物質が滞留することで激しい痛みを生じます。非炎症性の痛みのため、過度な安静は逆効果となることが多いです。
痛みの記憶が脳に刻まれ、
再発しやすい「予期不安」の悪循環
ぎっくり腰の強烈な痛みを経験すると、脳が「また起こるのでは?」と無意識に警戒するようになります。
この「予期不安」がさらなる筋緊張と腹圧の低下を招き、ぎっくり腰の再発を助長します。
ぎっくり腰の悪循環
- ぎっくり腰の痛みを経験する
- 脳が「また起こるかも」と警戒し、過剰な筋緊張を生む
- 交感神経が優位になり、呼吸が浅くなり、腹圧がさらに低下
- 動作時のAPAが機能しなくなり、ぎっくり腰のリスクが高まる

このループを断ち切らない限り、ぎっくり腰は繰り返し発生し、徐々に慢性腰痛へと移行します。
ぎっくり腰を繰り返す人は
「痛みが消えたら何もしない」
多くの人は、痛みがなくなれば問題が解決したと錯覚します。しかし、ぎっくり腰を繰り返さないためには、腹圧の機能回復とAPAの活性化が必須です。
ぎっくり腰が頻発する人の典型的なパターン

- 痛みがなくなる=治ったと勘違い
- 再発防止のトレーニングをせず、元の生活に戻る
- 時間が経つと、またぎっくり腰が発生する
これはまさに「大地震が起きてから慌てる」状態と同じです。我々からすると、ぎっくり腰を繰り返す未来は予測の範疇にあります。やがて腰痛は慢性化し、健康寿命が短くなり、歩行障害を抱え、介助なしでは生きられない未来が待っています。しかし、その時に後悔しても遅いのです。
ぎっくり腰の発作が起きたら、
早期に日常へ復帰するためのあらゆる手段を講じる
ぎっくり腰が発生した際、可能な限り早期に日常生活へ復帰することが、回復を早めるカギになります。
痛みをコントロールする(鎮痛処置)
- 痛み止め(NSAIDsなどの鎮痛薬)の服用
- 湿布や保温(急性期の痛みが強い場合)
- 戦場鍼(耳介迷走神経刺激)を活用


動ける状態をつくる
- コルセットを短期間活用し、腰部の負担を軽減
- テーピングで適度なサポートを行う
- 日常動作を工夫し、適度に体を動かす
ぎっくり腰の発作時にすべきことは、「痛いから動かない」のではなく、動ける環境を整えて適切に動くことが、早期回復のカギになります。
根本的な改善には
「腹圧とAPAの回復」が不可欠
痛みが治まった後に行うべきことは、腹圧の機能回復とAPAの活性化です。これを怠ると、ぎっくり腰を繰り返し、やがて慢性腰痛へと進行していきます。
- 腹圧を高める適切な呼吸法(呼気によって、横隔膜を使う)
- ローカルマッスル(深層筋)を働かせ、体幹を安定化させる
- APAを機能させ、無意識の姿勢制御を取り戻す
- 痛みの記憶を「安心」に書き換え、過剰な防御反応を防ぐ

ぎっくり腰は「急に起こる事故」ではなく、日々の腹圧の低下とAPAの破綻によって生じる「予測可能な結果」です。
発作を繰り返すほど、症状は深刻化し、やがて慢性腰痛や歩行障害につながります。「発作が起きてから対処する」のではなく、「ぎっくり腰にならない体を作る」ことが本質的な解決策です。