「矯正」という言葉が持つ魔力
「矯正」という言葉を聞くと、問題を一発で解決してくれそうな不思議な魅力を感じさせます。
そして、あたかも一度矯正されれば、安定してずれないということを想像させます。歯科矯正や視力矯正のように明確な結果が得られれば分かりやすいのですが、実際のところ骨盤矯正は、歯科矯正や視力矯正とは違い、安定的な結果をもたらしません。
矯正はそもそも、正しく機能していないものを正常に機能させるという目的のもとに行われるものです。歯科矯正はかみ合わせ、視力矯正は見え方のように明確にわかる機能的な違いがあります。
骨盤には様々な役割がありますが、とりわけ重要なのは、「力の伝達」と「衝撃の緩衝」です。骨盤の機能を確かめる際に、この2つの機能が正常に働いていれば、骨盤が正しい機能に矯正されたと考えて良いと思います。
骨盤は上半身と下半身を繋げる中間の位置にあるため、上下左右前後様々な方向から力を受けています。その力を伝えることも必要ですし、逃すことも必要ですので、ある程度自由に動けることが重要です。
そのため骨盤矯正は、「正しい位置に骨盤を固定させる」という考えではなく、「あらゆる動きに対応できるような自由度の高い状態にすること」であるべきです。機能的に整った状態であれば、客観的に誰が見ても美しいと感じることができます。
骨盤のズレや歪みは、しばしば腰痛の原因になります
その原因のとなるのが骨盤の後ろを構成する仙骨と腸骨の関節、仙腸関節です。仙腸関節は、靭帯によって強固に守られており、可動範囲も数mm~数°とわずかです。ズレや歪みといっても大きなものではありません。
ですが、仙腸関節の後方には痛みを伝える侵害受容器が広範囲に分布しており、腰から下肢、鼠径部など広い領域の痛みに繋がります。仙腸関節の機能障害は、何らかの原因で仙腸関節の噛み合わせにズレが生じることで痛みが起こります。
仙腸関節は、主にお腹周りを支える筋肉や骨盤底筋群の緊張によって保持されています。そのバランスが崩れた時にズレやすいと言えます。そのため、加齢や運動不足による筋力低下は仙腸関節の保持力低下にもつながります。
産後の骨盤の歪みの正体
妊娠~出産と、長期間に渡ってある程度運動が制限されてしまう影響で、多くの方の筋力は低下しています。さらに、出産によって一時的に開いた骨盤は、ホルモンの作用によって元の状態に戻っていきますが、その際に、仙腸関節が捻れた状態で戻ってしまうことがあります。
歩行不足とイスの生活は、仙腸関節に大きな負担となります。両足から上向きに伝わる床からの反力は、骨盤で一箇所に集中し仙腸関節を閉じる効果があります。すなわち、立つという運動は骨盤を自然に矯正します。
一方、椅子に長く座ると上半身の荷重が坐骨に集中することによって、骨盤は開きやすくなります。さらに女性は、男性に比べ坐骨の角度が浅いため、その影響をより受けることになります。
仙腸関節の主な役割は、二足歩行によって生じる衝撃を緩衝することです。そのため、仙腸関節は強い負荷をかけてもズレを修正することはできません。力をかければかけるほど固まり動かなくなるからです。緩やかな一定の負荷をかけることで可動性を取り戻していきます。
骨盤は固定されたものではないので、骨盤矯正すれば大丈夫と言うものではありません。骨盤が適切に機能するためには、適度な関節の遊びが必要なのです。そのため、生活習慣や環境を見直していくことは治療を有効に進めていく上でとても重要です。
産後の骨盤矯正
産後の体型の変化は歪みが原因とよく言われますが、本当の原因は「筋力低下」と「バランス感覚の低下」です。
歪みは結果であって原因ではありません。妊娠中は、お腹が大きくなることで重心が前に大きく変化します。その変化に対応するため、無意識に様々な方法でバランスを取り、動作が偏ることで筋力のバランスが悪化していきます。
その結果として、姿勢や関節の位置が変化するので「歪み」と表現される状態になります。そのため、産後の骨盤矯正は筋肉や関節を緩めたり伸ばしたりする調整などよりは、筋力トレーニングやバランストレーニングが重要になります。
トレーニング無しに骨盤矯正は不可能と言えますが、逆を言えば、適切なトレーニングさえしていれば勝手にバランスの良い状態への矯正されていきます。
マッサージや電気治療、関節を操作してもすぐ戻ってしまったりするのは体に対するアプローチの順番が違うからです。まずトレーニング。そのあとに緩める治療。多くの場合はこの順番が大事になります。本当の意味での骨盤矯正の実際は、地味で地道です。
一回で「ポキッ」とか「バキッ」とか関節を動かしたり、マッサージやストレッチを受けているだけで矯正されれば楽で簡単で良いんですが、残念ながらそんなことはありません。
矯正されたような感覚を求めるか、正常な運動機能を求めるかは人それぞれだと思います。ただ、後者を求めている方が前者を選んでしまわないように、ご本人が正しい情報を知って、目的に合わせて納得して選択できるようになっていただけると良いのかなと思います。